俳 文

言葉と絵

ヴラディミール デヴィデ ―― ナーダ ジリャック

 

俳文

言葉と絵

ヴラディミール デヴィデ ー ナーダ ジリャック

 

クロアチア語から日本語訳 本藤恭代

 

UDK 886.2-1
DEVIDÉ, Vladimir
Haibuni : riječ i slika / Vladimir
Devidé ; < ilustracije > Nada Žiljak.
- Zagreb : FS, 1997. - 79 str. : ilustr.
u bojama ; 27 cm
ISBN 953-6052-88-1
970528089
http://www.ziljak.hr
http://www.gallery-hr.com

前文と謝辞

 本 書の内容は、私の著作  “白い花“  (1988,1994)と
日本、米国、ドイツ、クロアチアの雑誌に発表された
ものからなる。
以前に出版されたものと本書の違いは挿絵のあること
である。絵は本文に新しい次元を与えるだけでなく、
私の伝えたいことや動機を補足し一層豊かに明確にして
いる。挿絵を描き、個々の俳文の状況など細かい説明を
飽きないで聞いていただいたナーダ ジーリャック夫人
に感謝とお礼を申し上げる。
なお、この半世紀の間、クロアチア、スロベニア、
日本で出会い、この俳文を書くように励ましていただいた
皆様に感謝を申し上げる。
本書は現在までクロアチア語(1997)、英訳(l997)、
ドイツ語訳(l999)が出版された。今回、妻の本藤恭代
による日本語訳が出版されることになりました。
最後にFSの職員の皆様の出会いと理解と専門技術が
なかったら、こんな立派な装丁の本はできなかったと
思われるのである。お世話になったFSの職員の皆様に
心からお礼申し上げる。

 

2006年9月 ザグレブにて
        
            ヴラディミール デヴィデ

ヴラディミール デヴィデ

 1925年5月3日ザクレブに生まれる。ザグレブ大学土木工学部卒業。数学者。
退職大学教授。クロアチア学士院正会員。クロアチア作家協会会員。クロアチア
ペンクラブ会員。世界俳句協会顧問。クロアチア俳人協会名誉会長。ドイツ俳句
協会名誉会員。
博士号取得後、イスラエル、日本で数学の研究をする。オーストラリアのメル
ボルンのモナッシュ大学客員教授。米国オハイオ州立大学客員教授。わが国および
国際数学者会議やシンポジウムに多数参加。クロアチアの“ルーデル ボシュコヴィ
ッチ賞“受賞。ザグレブ市賞受賞。国際"Le Prix CIKALC"賞受賞。
日本政府より勲三等瑞宝章受賞。ライフワークのためクロアチア国より金色の
花輪勲章を受賞。日本政府より文部科学大臣賞を受賞。
数学の分野では、40の学術論文を発表。300余りの専門数学と一般的数学の
記事を発表。60余りの講演の結果、数学専門書17冊出版。
日本学と日本文学の分野では、300以上の随筆、記事、テキストをクロアチア、
アメリカ、日本、ドイツの雑誌に発表。講演は数学と同じように60余りで、
それらの結果、日本学関係書は18冊出版。 

ナーダ ジーリャック

画家でグラッフィクアーティスト。1944年ザグレブに生まれる。1967年ザグレブ美術
大学卒業。1970年アルベルト キネルトゥ教授に師事し専攻学科卒業。フリーラン
サー画家。画布に油彩、画紙に油彩、素描、水彩、パステル、グラフィックアート、
乾針、銅板、リノリウム版など多くの画風がある。クロアチア、ボスニア ヘルツェゴ
ヴィナ、オーストリア、エジプト、ハンガリー、ギリシア、ウクライナ、スロヴァキ
アの各国で70以上の個展が開かれ、作品はそこで展示された。彼女の
作品は世界の美術館や個人収集家が所蔵する。作品は画廊、病院、多くの友人に寄贈
された。ナーダ ジーリャックの絵画、挿絵、素描については、ペロ ブランカ フレヴニャック
著作、ジューロ ヴァンジュラ著作のモノグラフが出版された。批評や評論は以下のページに
収集されている。
http://www.gallery.hr.com
http://www.ziljak.hr
ナーダ ジーリャックの個展はクロアチア国内では、ザグレブ、ザプレシッチ、ピイェロヴ
ァール、クリジェヴツィ、オシェック、スヴェト イヴァン ゼリナ、ジャコヴォ、ゴスピ
ッチ、ラシニャ、オトチャツ、ヴェリカ ゴリツァ、パクラッツ、ヴィンコヴツェ、チャズマ、
ノヴァリャ、リエカ、スタリグラドゥ、ゴルニャストゥピツァ、ウマグ、オプゼン、オソル、ヴ
ァラジンスケ トプリツェ、ウネシッチの各地で1981年から2000年の間、合計36回展覧会を開催。
国外では、ハンガリー(1994年ブダペスト展、2002年ペチュフ展)、オーストリア(1995年グラーツ
展)、ドイツ(1996年アスバッチ展)、
ボスニア ヘルツェゴヴィナ(1996年ビハーチ展、サラエボ展、2005年モスタール展)、
エジプト(1995年カイロ展)、スロヴァキア(1999年ピシュトゥアニィ展、2000年ブラティスラヴァ展)、
ギリシア(2000年、2002年ロードスで地中海女性創作者国際平和組織展)、ウクライナ(1997年
キエフ展)など各国で開催。

 

草の中に寝転んで眠りに落ちる前、細長い草の葉は眼前に
その後ろに遠く青い山々。

     地面の小石は草の中に散らばり、虫達は刀身状の
     葉を進み、ぶよは草の間を飛び交い ― 全く真近。

遠くの山々は森で覆われ、山の麓に町々が広がり ― 人々は
そこで生き働く。遠く無窮の遠くに。

間近な草と遠くの山々の間に何もなし、全く何もない。
山々は草に続き、山々は草の中にあり、山々は草である。
刀身状の草草は遠くの山々の木々、地面の小石は遠くの町々;
    
     草の中の虫達やぶよは遠くの町の住民達、
     山の頂上の樹齢百年の松は細い小さな一本の草、

 

     この一本は空へ向かって真っすぐに突き進む。

                     草に伏して
                     遠山の前に
                     何も無し

空を行く雲は消えて再び現れる
心や考えや恋のように

真っ白くて柔らかく清らかな雲は鳥達の巣の屋根 ― 
雲は無意識に不思議と忘我と静けさの中に生きて死ぬ。
何故なら地上の生活を見たから。

 

雲が高い時、苦しみと喜びを離れて高い時、すべての物は
全く小さく見え、おもちゃのよう、集まったり、離れたり、
空きを埋めたり、広がりを空にする。常に変わる ― 刻々と
― いつものように同じ ― ファラオの前の大昔から今日まで。

 

     しかし雲がつらい時、暗く沈んで苦しい決意をする前、
     泣き崩れる前は日の下の冷たい所に座り、思いに沈んで
     黒く不安  ― その時は静寂が支配する。
     
                    黒雲は
                    地上へ降下
                    何と陰鬱なことか!

 

枝々の網目の向こうに広がった空 : 黒雲のマットから、
星が撒き散らされた野原に沿って雨が降る ― 
街灯の周りに濡れた火花は群れる。

頭髪の中 ― 黒髪の間、夜の帳の前に ― 
燃え尽きた真珠の灰は輝く。

ただ、まつげの上の雨滴が滑り落ちなければ!
雨滴を通して眺める時、滴は無数の火花となって
飛散しあたりを飛ぶ : 銀色の羽虫のヴェールが星の間をさすらう。

両目は ― 永遠に温かい星、飛び散った秋の破片の中で

               何ときれいな : 
               かわいい両目を見るのは
               雨の滴を通して ―   

 まつげの上の雨の滴を通して    

大暴風 

猛烈な大暴風は暗く重い雲を追い立てる。幹を壊す時、大暴風の
絶叫が聞こえる ; 山々に砕ける時の大暴風の悲鳴。
天の神が襲いかかる、森や草原に ― 解き放された巨人は
こぶしを振るう。逃亡した巨人は鎖を引き裂き、口から泡を出し、
打ち砕きぼろぼろにするために谷へ突進した。稲妻は彼の眼差し、
雷鳴は彼のこぶしの強打。

     向こうの山々に着いて傷ついた野獣のように倒れた。
     山々が彼を引き裂いた ― 大暴風はどこへ行き、何を造り、
     何を壊すために ? 彼は震え始めた ; 強打はまれになり、
     唸りは鈍った。

     彼は倒れた。殺された。

                        雷鳴の炸裂音
                        死んでどすんと落ちた
                        天から地上へ

そのように倒れた時、大暴風は泣き始めた。そして大きな雨の滴は
静かに降り始めた。草を生き返らせ、ねじれ折れた枝々の傷を洗うように。
大暴風は、静まって、温かい涙で洗われて寝入った。全く静か : 鳥や
こおろぎは黙った。時さえも尊敬して止まった、壊れた巨人の死の前に。

小川

いつか、道を歩きながら干し草の刈ってあるそばを通った。
遠くに艶やかな亜麻色の髪の乙女を見た。解き放された
滑らかな髪はまるで、豪雨が降ったり春に山雪が解ける時の
山間の小川の中の丸い白石の上を流れる水。

     乙女が美しかったかどうか分からない ; 私が一瞬見たのは
     大きな青い両目。

 

その後二度と見なかったが、長い間、昼も夜も、その亜麻色の髪の
乙女の姿が心に映った。

                      丸い石の上を流れる :
                      山間の小川の水は ― 
                      乙女の髪。

     草原で青い花を摘んで亜麻色の髪に挿したかった ; 忘れな草や
     青い釣り鐘草の花などを。

今あの亜麻色の髪の乙女はどこに? いまでも彼女の髪の残像のみは、
天の川に残る。あの数本の毛髪のみは、熟れた麦の黄金色の藁茎にある。
あの一房の髪のみは、落日の陽光が唐松の木立を突き抜け、山間の小川の
丸石の上を流れる水に反射する時、その輝きの中にある。

黒い木いちご

らいちようの叫びは恋の歌 ―
     ― 森の中、唐松の間のらいちようの叫び。
きりぎりすの鳴き声も恋の歌 ―
     ― 夕暮れ時、雨後、畑の中で鳴くきりぎりすの声。
蝶の飛翔も恋の歌 ― 
     ― 蝶の飛翔、蝶の羽は飛行中。
花の香りも恋の歌 ― 
     ― 日没時、野原の花の香り。
青い空も恋の歌 ― 
     ― 空と空の向こうの青い空。
祈りのささやきも恋の歌 ― 
     ― チャペルでささやく祈り。
恋もそのまま恋の歌 ― 
     ― 愛の詩は恋の歌。
                   夕暮れ ; 夕闇迫る頃
                   草原を連れ立って

 黒い木いちごを過ぎた。 

 

空から地を慰めるために降りてきた ― 無数の雨の滴 :
静かに夢見るように遠山の前に雨のヴェールは広がる。

秋の雨は秋の花や草や葉を洗い、ひっそりと歌いながら
満足して去る。一粒ずつの雨の滴は明るさと陰惨さと秋の色を
運び、心の中から不安と不満を洗い流し、遠くへその光と蔭を運ぶ。

                     秋の落ち葉は
                     ― 細道に
                     雨に濡れて。
          
     日光は双眸に輝き、別の両目の中に蜘蛛の巣の雨滴は
     散らばり光る。滴は光る、周りの至る所に ― 地に、裸の
     梢に、星の間の空に。

     もう夜になったが、雨は今もきらめいて明るさと暗さの間の
     差を消し去り、時間も場所も消し去る。すべての滴、すべての
1     個々の滴 : 一粒ずつの滴の中に世界は映る。

                      陽光は双眸に輝き
                      星は散らばる
                      秋のゆうべ

四季

春は朝。虚空を切った青い蝶は黄色いタンポポの周りを飛び ―
太陽に向かって帰る。春に運ばれ春を運ぶ。

                   青い胡蝶!
                   羽を捕まえたが
                   ― 放してやった。

夏は真昼。道の曲がりと、側の小川に挟まれた、澄んだ浅い
水たまりに小石や去年の木の葉は浸かり、そこに茂る植物は、
肉太の茎、鞣革状の葉、金属のような花 :金色の花弁、極細の
針金状の柄を持った金色のずい。
                    金色の花々
                    その一つだに
                    摘むまい。

秋は夕べ。最後の落日の陽光がぶどうの葉を突き抜ける。苔が一面に
生えた樫の切り株と、泉の真上を高く舞う鷲は、山の秘密を守る。

                    秋の葉を貫く
                    陽光は : 黄色、
                    金色、茶色、赤色。

冬は夜。黒い空に氷の針。月の影は青い鋼。樹脂の多い節のある枝は
炉辺で煙る。
                    下りる
                    窓の帳は。
                    祖母は瞼を閉じる。

子供達

誰かが子供達のことをこう書いている。子供は風、子供は空、子供は地と。

埃の立つ真っすぐな道。子供達は道路脇で泥の家を建てている。
鵞鳥は一列になって道を横切る。遠くからおんぼろバスが近づいてくる。

                   埃の立つ道
                   バスは子供に警笛を
                   子供はバスに手を振る。

(警笛を鳴らしたバスの運転手ではなく、バスそのものを私はよく知っている。)

木々に囲まれた、森の中の牧草地。子供達は八方に逃げる ; 鬼ごっこしながら。

                   色彩に富んだ
                   子供の群れ
                   緑の草原を横切る。

― もう少し遠くに

                   子犬は走る
                   丘の上へ
                   子供達は坂下へ

郊外の小さなあばら家。中庭で幼女は太っためん鳥を抱き締めながら運ぶ。

                   一番大好きなのは
                   この子は言う。チーズケーキと

  脂肪を塗ったパン。

すみれ

 

東京の一軒の家、外国船員達がよく立ち寄る所、その家の前で少女は立って
すみれを売っていた。

     家の中には少女の姉がいる (父親は交通事故死、兄は大学勉学中、
     それで夜間だけ稼ぐ)

今日は船乗りたちは来ない (彼らは普通、乱暴で下品でチューインガムを噛む。 
― しかし概してきちんと支払うし、タバコやチョコレートを置いていく。)
今日来たのは遠くヨーロッパの小国から来たサッカー選手達。

     彼らは母国で大変な人気 : 彼らについて新聞は書き、写真も載る、
     若い女の子達は彼らの写真を切り取って帳面に貼ったり、テレビの
     側に置く。― どんな辺鄙な田舎でさえも。

サッカー選手達は酔っていた。彼らが皆去ろうとした時、姉は意識を失って倒れた。
彼らの一人がブランデーで目覚めさせようとしたが、成功しなかった。そこで
全サッカー選手達は支払わないで、残りのブランデーを飲み干して逃げた。

     少女はまだ姉を待っている ; 雨は降ってさむい、しかし一人で自分の家へ
     帰れない。少女はまだ知らない、姉が今日チョコレートを持ってきてくれ
     ないことを。

                             夜間、雨降りに
                             少女は売る
                             しおれたすみれ

母と娘

 

階上の部屋で母は純白な娘のために白い衣装戸棚に白い衣類や白い寝具を用意する;
注意深く、整然と真っ白に。                  

                           念入りに準備した
                           白い衣装戸棚の中は :
                           娘の嫁入り支度。

階下の庭で娘は芥子を摘んでいる :

     質素な服に身を包んだ清い花壇の中の ― 花と蝶の女王。裸足で地と
     草を歩く ― 地と草の女神。桃を一つ食べて種を投げ捨てた ― 果物と
     太陽と空の女主人。女主人は地から天への女王で女神。

                           手折って
                           籠へ投げ込む
                           青い芥子

白い寝具が白い衣装戸棚の中で眠っている間、果樹園と庭の向こうで娘は両腕と髪を
広げてた。月光が衣類を漂白している時、娘は髪で日光を編んでいる。

牧草地

 

疲れた、疲れた果てしなく、嵐の後 : あなたが落ちたりんごを集めて
いるのを見てたから : 中庭で濡れた草や濡れた砂利の中から濡れた
りんごを ;

疲れた、あなたが衣類を干すのを見てたから :
白い、清い、洗ったばかりの ;

疲れた、隣の村から野原を通って牛乳を運んでくるあなたを見てたから ― 

     私は知っている、あなたに決して何も言えないのを 
     ― だが、私に苦しくない ; あなたの存在は幸福の現在 ;

     私は知っている、決してあなたの髪や腕に触れることができないのを
     ― だが、私に苦しくない : あなたの髪は真の春、あなたの腕は白い天使 ;

     私は知っている、あなたよりずっと前にこの世を去って無に帰するのを
     ― だが私に苦しくない :

あなたは自分の山々に囲まれて草原や牧草地にいるから ― 

                              牧草地は : 緑、
                               黄、白、青、
                              赤の海原。

夕方寒い部屋で

暖房のない部屋。外は冷たい風が吹き、雨は大降り。白い琺瑯製の
水差しは水が満杯。
                 屋根裏部屋の小窓越しに :
                 りんごの葉から
                 雨は滴る。

白いエプロンをした少女は牛乳の入った器を持って来るだろう。厚くて
重く暖かい陶器製のコップを。
                 木の階段を
                 上がって来るとき
                 彼女の足音がする。

土砂降りの雨は止んだ。牧草地から靄の湯気が立つ。熱い牛乳は厚い器から
湯気を立てる。表面に黄色っぽい輪の薄皮が張る。

     教会は晩祷を招く ― 鐘を打つ音、もう一回、そしたら
     全くの土砂降り。
                 広々とした野原は
                 鐘の音に沈み
                 まだ聞こえる彼女の声。

風が来た。空は雲で隠された。一ケ所青白いぼんやりした星が瞬く。
薄暗がり中の一滴のミルク。

太い林檎の木の側の階下の窓にもう明かりはない。青いエプロンの
少女は多分もう寝たのだろう。
                 夕方の微風 ― 
                 青い山々は浮かび ―    
                 夢見るように眠る。

白と青

 

山々はまだ雪の花びらが散っていたが、草原はもう雛菊の花で一面に
覆われている。頂上から谷底まで白が走る。ミルクの入った乳搾り桶の
中まで。

                     白い雪、
                     白い雛菊の花、
                     白いミルク。

芝生は忘れな草の花が溢れてる、晴れた空から来た大雨滴のように。
彼女の瞳も二つの忘れな草の花。

                     青い空、
                     青い忘れな草の花、
                     青い二つの瞳。

山の端で白雪は青空と出会い、草原で白い雛菊の花群れは青い忘れな草の
花群れと接す。白い眼球の中で青い瞳がすいすい動く。

     何で彼女が忘れられようか。私は知っている。忘れな草から
     彼女が忘れな草を見ているように、モミの木から彼女が
     モミの木の側に立っているように、石から彼女がその上に
     座っているように、小鳥から彼女が歌っているように、湖上を
     群れ飛ぶ羽虫から彼女が踊っているように目に映る。

                     白い残光
                     青い日暮れ : 双眸は ― 
                     ミサの静寂。

野生のシクラメン
 
中庭の真ん中にレンギョウの藪が茂ってた。その枝陰にある日、彼女は
森からシクラメンを持って来て植えた。それらは毎年花が咲いた。
その後ある日、私もシクラメンを持って来て彼女の側に植えた。

何年も経て再び立ち寄った時、シクラメンはもう無かった。

     ― あなたのシクラメンはもう咲かないんですか?

     ― 今ここは光が少な過ぎます。あなたのも一つありましたが。

その夕方クローバ畑は深緑、雲は高く、山の陰は青深い : 何故ならば
“ あなたのも一つありましたが “  この最後の言葉を彼女はいくぶん静かに
言ったから。

                        レンギョウの陰と
                        赤いシクラメン。

 空色の思い出。 

帳面  

東京のある領事館に男は勤務していたが、日本女性達には “ フランスの
パイロット、ジーン  ポール  “ と自己紹介していた。

     ― 出会った時 ― 彼は次のように言った ― 美しい女子
     高校生と、彼女は英語を勉強している ― 一生懸命勉強して
     いる、相当理解できる。彼女は言う彼女に会話が十分でないと。    
     “ ええ、そんなこと簡単 “ ― 私は言った ― 
     “ 私の所に来なさい、そして会話をしましょう “
     その日の午後彼女は私の所に来た:罫線の入った新しい帳面と
     新しい消しゴムを買って、鉛筆を尖らして。
     彼女は英語が学びたいとは! 
     “ ねえ君、ちょっと馬鹿じゃない ” と私は彼女に自国語で言って、
     押し倒して、脱がせ始めた、彼女は抵抗して、もがき、子馬のように
     蹴り、叫び、泣き、母の助けを求めた。やはり私の方が少し強かった。
     彼女は処女でした。彼女は泣き喚いていたが、やっと起き上がり去って
     行った;自分の新しい帳面、消しゴム、尖った鉛筆を拾い集めて、
     さようならも言わないで。
     日本女性は礼儀正しいと言うのに泣き喚くなんて!

偉大な神よ! あなたは全ての人をお許しになりますか…あなたは
彼もお許しになりますか…

本当に、多分正確にはあなたの偉大さはそこにある、彼をも許せることは…

     しかしあなたはどのようにできますか?

                        少女は去る
                        新しい帳面を持って
                        涙に泣き濡れて。

イチリンソウ

白い花は白いキスの絵印、その匂いは黒髪の匂い;

     まるで黒い樹林の下に散らばった無数の白いイチリンソウの
     ように黒い髪の中で発散する ― 白いキスは。

山の斜面に白い花は生える;山の尾根は白雪を着てる、白い雲の下で ― 

     ― 黒夜に沈んで、白いキスは編まれて黒髪をさまよう。

来なさい、黒い森を通って向こうの草原へ飛んで行きましょう:雪が
解けている泉まで:白い雪片から育つイチリンソウの白い花弁は ― 
黒夜の今、白い星たちの間で独り。

     黒い唐松は白いイチリンソウを隠して白い陰を伸ばす。
     針葉は黒髪をもつれさせ、その中に白いキスを閉じ込める。

     見なさい:見えますか、あそこの下に黒い小川が流れてる
     ― 黒髪の束のうねり。聴きなさい:聞こえますか、鹿の白い
     叫び声が岩山から何と響くことか?

                   黒髪は
                   白いイチリンソウの側に ―
                   黒夜の星空。

紙の花

朝早く届いた、彼女からの手紙の中に一片の紙の花があった。この花を
水に浸せば、本物の花のようにゆっくり開くだろう。

水に浸したいと何度思ったか知れない。しかし、決心がつかなかった。
一度水に浸ければ、それでおしまいと知っていたから。

私は大切にしている。花の中に送ってくれた彼女を見る。私は花が
いつまでも蕾のままであって欲しいのだ。

けれども、時にぼんやりと疑問が頭をもたげる。いつまでも蕾であると
言うのは、生まれる前に死んでいることではないのか、生きていると
言えるのだろうか。

                        紙の花
                        色はうす青
                        かろき弁

日が暮れた。まもなく眠る。しかし、心はなぜか落ち着かない。
寝る前に、紙の花を水に浸したものかどうか、思案に暮れる。

松露

小さな松林。熊手を持った農婦が小さい白や灰褐色のきのこを集めている。
それが “ 松露 ”。
   閉じたまぶた ― その曲線は空を飛ぶかもめの翼。眼下には青い海と漁師。
                  陽光の中で女達がワカメを乾かしている。
          ― 見て、忘れな草よ!

丘の上。瓦工場。火の炉は日がな光沢のある粘土を焼き続ける。屋根の上には
赤や黒の瓦が、いま雨で洗われたごとくキラキラ輝いている。
          ― どうして…どうして私達こんなに好きなのかしら?

浜は湾曲し、再びまっすぐとなる。波打ち際には、取り残された海藻と貝殻 ; 砂に松。

雨が降っている間は全く静か。雨が瓦の上をゆっくり滑り落ちる。
     一晩中髪の毛を数える。髪の黒いうねりと海鳴り。髪の香りの、松と海の
     香りがまじる。
          ― ずっと一緒。いつも一緒に ; いつも、いつも一緒。
小道に沿って、小さな地蔵堂がある。水田と椿。たきぎを背負ったおばさん。
          ― ごきげんいかが? ここは気に入りましたか?

二人の子供が重いカバンをさげている。ここ都野津には普通列車しか止まらない。
急行列車は通過していまい、停車するのは浜田だけ。

台所には、きのこ、野菜、海苔、魚、みかん、“ 海の幸 ” と “ 山の幸 ”。
          ― お皿を洗ったらすぐ戻って来ます。お茶を持って来るわ。
     うなじの肌は柔らかく、絹のよう。この世のすべてに乙女は
     心をときめかせながら。

ここから余り離れていない所に五百年前、偉大な絵師 • 雪舟が住んでいた。雪舟が
つくった庭にはいまも鶴の形をした松の木があり、その下には亀の形の苔むした石が
見える ― 長寿の象徴の。
うなじの肌は柔らかく、絹のよう。この世のすべてに乙女は
     心をときめかせながら。

都野津で一番古い松の木は千年以上の前に、柿本人麻呂が植えたものだという。
近くの石に人麻呂の歌が刻まれている。この地に住んでいる妻が見えるように、
高角山よ、どいておくれ、と歌ったものである。

     うなじの肌は柔らかく、絹のよう。この世のすべてに乙女は
     心をときめかせながら。

                             黒髪の娘
                             丘の松露と

 砂、かもめ。

白点の流れ

白い煙の細い流れがうねって、天井に向かって、消えるかのように上昇する。
黒ずんだ髪の細い房が垂れて、こめかみ、頬、首に降りかかりえくぼの下の鎖骨に散る。

部屋の中の窓の下に、横長に白い寝台がある。窓の向こうに、隣の建物の側面の壁が
縦長に立っている。

ベランダの囲いの上に赤、ピンク、白の花の植木鉢が並んでる。植木の土が乾くと
水が注がれる。植木はキスのように水をむさぼり飲む。水は植木鉢から溢れて、
コンクリートの囲いに滴る。囲いは濡れて新しい色に蘇る。

家の前の地面は菩提樹の散った花の小さな塊が散らばっている。その黄色の中に一つ
だけ、たった一つ、ベランダから落ちた赤い花びらがある。

     彼は知っている、花を見る時 ― ヴェスナは言った
     “ 私達を見て、見て、何て私達は美しいのでしょう ”
     彼は知っている、それはヴェスナが言ったのではなく、それらの
     花が言ったのを。

外では、雨は祈り、許し、恵み、笑い、理解し、知っている…葉を洗い、花にキスし、
壁を抱きしめる…それらは彼女を喜ばせ、彼女はそれらを喜ばす ; 喜びと平和。

     ヴェスナが笑うと、顔に双眸に沿って帯状の濃い白点の流れが浮かぶ。
     一方の流れは左から右へ、他方は右から左へ。無数の白点の流れは集まっ
     たり、離れたりする。(それらは星の子供達) 彼がそれらを見て、それらが
     湧き出す双眸よりも多く強く確かなのを見ると、それらを見ることは何で
     あるか、見るものは何であるか知っている ― それらは大真実である。

          ― 私達を見て、私達がどんなに美しいか見て。
                            星の子供達
                            双眸の間に浮かぶ :            

                                                                        全く白い。

手紙

彼が彼女を好きになったのは、彼女が大変美しいからだけではなかった。勿論、
彼女の知性も彼に感銘を与えた。素朴と単純明快さは自ずと魅力と美があるが、その上、
本当に頭が良かった。好きになったのは遥かにそれ以上の何かがあった。

 

しかし、彼はほかの仲間達も彼女が好きなのを見た。彼らはもっと愛する権利があり、
もっと多くの可能性があった。簡単に言えば、彼らは彼女を幸福にできる。

それで、彼は彼女に決して好きと言わなかったが、雨の降る夕方など彼女に気づかれ
ないように、傘を鼻の辺まで低く下げて、彼女が夕食に行き、通り過ぎるであろう
場所に待ち構えて ― 通過する彼女を一瞬見てそれだけで満足していた。

その後何年も経てから、彼は子供連れの彼女に出会った。子供は母親と同じように
美しくなるであろう顔つきをしていた。彼と彼女は話しながら歩いた。彼は彼女に
一通の彼女の手紙を見せた ― それはかって彼女が彼に書いた唯一の手紙 ― それを
彼はその年まで特別に貴重品として大切にしていた、なぜなら彼に来た文字の一つ
一つが彼女のものであったから。
      
                                手紙の最後の
                           頁に、寝ていた文字は
                           目覚める。

再び別れる時、彼女は彼に小さな記念の品を買った。それから彼は広々した牧草地の
側を通り過ぎた。そこにはタンポポの花が溢れ、何千というタンポポの花が太陽の
ように光っていた ; 本当にタンポポは太陽。その時彼は悟った。一般的に言う
“幸福 “ は存在するという考えは全く信憑性のあるものだと知った。かってとても
好きだった人の幸福をあなたが目前に見るのを体験する時、それは正にこの幸福感
― たとえあなたが全く不幸だとしても。

カミツレ

レジナルド ホーレス ブライスはどこかで書いている。それは自分が死んだら
どうなるかというブライスの質問に対して答えた鈴木大拙の答えは :
“ 私は消えてなくなると思うが、将来の生活に対する願望も同じように事実です。“

望みも現実である。カミツレの花を摘みながら、彼の中で、花を見、香りを嗅ぐ
ように彼女とともにと願う :

            五百の花の                                                     百のキスの
           黄色の塊は                                                   赤い唇は
                       一つの器 ― 一つの口に。

全く白い光線のついた小さな太陽。注意深くカミツレの花を観察すると、若い花の
中央は小円錐形、成熟した花は半球、老いた花はまるで小さな干し草の山のよう。

           カミツレの花            双眸、唇、首
                   自然の全ての形は  
                   同じ顔。
彼の中で、カミツレの花々が彼女の髪の中を漂い、交ざり、彼女の匂いとカミツレの
花の匂いが交じる。
           カミツレの花の香は         彼女の髪の香は
                    記憶を呼び覚ます
           彼女の髪の香を。          カミツレの花の香を。

カミツレの花をひざまづいて摘んでいる。背後の青い空は十月にしては異常な青さ。
花の花弁は彼女のまつげ、花の黄丸は彼女の黒い瞳と交ざる。
                         
                        秋の空
           穏やかなカミツレの花の香は     淡い彼女の顔の輪郭は
                        夕闇に消散す。
ある花は折り取る時、花と共に一握りの土が揺れて、彼女の胸部の息のように、
十月の初めの午後の異常に暖かい空気が発散する。

                 草の間に散らばった
           お茶の花は           彼女の双眸は
           和らげ、夢を抱く。       この世の全て。

もうカミツレの花と彼女の顔の区別がつかない。両者は共に彼の心に深く沈んで
両者の一方をよく見ようとすると、花も顔もなんだか目新しく、両者のどれでもない。  

                  忘れ難い
                  永遠の美 
           花の顔。            顔の花。

ネフェルティティの首

まだ少年の頃彼は古代エジプト美術に狂喜した。一度、それはずっと後のことで
あるが、ドイツに滞在した時、西ベルリンの国立博物館へ見物に行った。

最も長く、数時間もいた場所は、プラスチックの四角いガラスで保護された古代
エジプト女王ネフェルティティの彫刻が展示されていた。その彫刻の周囲を回ったり
八方から、あらゆる角度から観察することができた。理想的な優雅な彫像はいつも
新しい細部と素晴らしさを見せた。特に彼がうっとりしたのは、ネフェルティティの
頭。頭の上方からゆっくり正面向きに見る時、それは柔和と女性らしさの理想的具現化。
しかし同じ頭を下方からゆっくり正面向きに見る時、それは自信に満ちた高慢な、多分
その上、少し威張った女統治者。しかし、芸術家の巧みさとモデルの美しさを見せる
のは頭だけでなく、ネフェルティティの首も同様である。ゆっくり傾斜して、体と頭を
つなぐ体の部分として、幾分、物質と精神の間の絶対的な要。素晴らしく形作られているの
で、その中で女の暖かい皮膚と彼女の精神の洗練性がきらめく。

                            ネフェルティティの首  
                            誇り高い統治者で
                            柔和な女性。

それから再び何年も後に、まるでネフェルティティの首のような夫人に何回も会った。
ある日彼女は大きく襟刳りの明いたセーターを着て来たので、体に至るうなじの線が
彼にはっきり見えた。その上、彼女は髪を短く切って髪型を変えていたので、頭に
至るうなじの線もはっきり見えた。本当にそれはネフェルティティの首だった。
それとも、ネフェルティティの首はこの夫人の彫刻であった。ロダンは彼の
リアリズムのために彼の彫刻は鋳造品だと訴えられたので、ロダンならこの夫人の
首の彫刻をネフェルティティの首のように形作ることができたであろう。

この生きた夫人の首はとても生き生きしていたので、無数のキスも優しい指の接触も

抱擁で包み込むことができないで全部発散した。

うなじに沿って
                             軽くキスは滑り
                             蒸発する。

彼は別れた後も、彼の唇にその夫人の暖かい皮膚の感触が残る。夜が来て、現実には
得られないものを夢見た。ネフェルティティの首は数千年前に形作られ、その後長く
唇にあの美しい夫人の生きた首の暖かさが放射する。

                             首の思い出に
                             唇は焦がれ
                             再び熱望が渦巻く。

目への接吻

貴方の目はあらゆる国のあらゆる時の全ての乙女の目。全ての目は貴方の目の中に
含まれるが、貴方の目の一部。全ての目を合わせたより貴方の目はもっと美しい。

貴方の目にキスしたい。その時貴方のまつげが雨の滴でぬれていたらな! 暖かい接吻で滴
はゆっくり乳白色の半透明の靄となって蒸発して目を一層柔らかく魅惑的にする。
                          
                                                                                                    目への接吻
                            雨に濡れた
                            まつげ。

貴方の目にキスしたい。貴方の瞳から星がきらめき散ったらなあ!接吻の灯火で無数の星の
それぞれの光が、新しい無数の星となってきらめき、目をもっと豊かに豪華にする。
                            目への接吻
                            きらめく
                            星屑。

真っ暗闇の中で貴方の目にキスしたい。貴方の目から濃い熱帯夜が噴き出て光も音も匂いも
通さないように濃かったらな!闇の接吻で目は一層暗くなる。全部無くなり
全て消え去り、到る所、何時も、残っているのは接吻した貴方の目のみ。
                            目への接吻
                            燃える
                            暗闇。
     
貴方の目にキスしたい。接吻で生まれた白や青い蝶が目の中で飛翔するのを見たい!
それらは一方から他方の目へ飛翔し踊る、まるでバレリーナのよう。組や集団や群れや列に
なり、目から飛び出し、再び飛び込み、益々小さくなって目の底深く潜り、再び深遠から湧
き上がり、益々大きくなって接近し、まるで大きな白鳥、帆船、北極の巨大な
オーロラのよう。 
                            目への接吻
                            胡蝶の群れの
                            花火

りんごの花の五月の香

晴れた朝、青空に太陽が輝き始めると、彼女の笑みは、りんごの花弁の露にきらめく。
                            花弁の微笑は
                            その一つずつに
                            腕一杯の笑み。

昼になると、そよ風が吹いて、彼女の笑みは、木の枝々を通って、まるで暖かい
雪のようにひらひら舞いながら、花の香の間で踊る。
                            りんごの木や
                            蝶と笑みと
                            花の舞。

夕闇が迫ると、彼女の笑みは、教会の尖塔から鳴り響き、温かい、ミルクのように
畑や牧草地にあふれ、りんごの花びらの散った小川に注ぐ。
                            花びらで覆われた
                            小川で、曲がりくねる
                            彼女の笑みは。

見た!夜になると彼女の笑みは夢を抱き締め、彼は花の枝を通って星のひらで
いっぱいの空に向かって舞い上がる。
                            空の花びら
                            彼女の笑みは
                            地上の星。

なぜ彼女の愛撫の囁きは、まるでひらひら舞う花びらの柔らかい感触のよう、眠気を
覚まし、また眠くするのか?
                            花弁のキスは
                            全く同じ
                            キスの花弁と。
眠気を誘う彼女の抱擁は、唇に滑り、頬や首にキスし、まるでりんごの花びらの
渦巻きのように、双眸、唇、乳房から湧き出し、両腕、胸に合流し、流れ注いで、
深遠に消える。
                           花弁の散った
                           草原は、キスで
                           溢れた体。

決して彼女の抱擁は飽き飽きさせない、彼はりんごの花弁よりも、もっと彼女の
キスが欲しい。
                           一つの花びらは
                           一つのキス、一つのキスは
                           一つの花びら。

彼女の接吻が満開になると、春が来て、散った花は枝に戻り、唇に接吻を撒き散らす。
りんごの花の香は、抱擁の祈りを浴びて洗われる。
                           花弁の色は
                           キスの香、キスの色は
                           花弁の香。

 

接吻

貴方の唇に優しく柔らかくキスしたい。月光の下で羽ばたく蛾の影が、閉じた野生の
芥子の赤い花に滑り降り、抱き締めるように。
                           キスの息
                           軽く触る
                           唇の角。

貴方の髪や首をそっと両手の指で触りたい。彫刻家が、白い天使の頭を形作る時
しなやかで暖かく湿った粘土を撫でるように。
                           指は髪の間
                           髪は指の間
                           指と髪。

貴方の乳房の上に私の頬を乗せて穏やかに黙って休みたい。母の膝の上で、唇に
乳の滴をつけ、星の間に浮かぶ夢を見ながら眠っている赤子のように。
                           乳房の上の頬
                           乳房は頬を抱き
                           頬は乳房を。

貴方の体を私の手足で抱き締めたい。編んだ髪のように、夏の邸宅の大理石の
欄干に並んだ白い小円柱に巻きついた藤の花のように。
                           絡まった
                           手足の蔓は
                           解けない。

貴方の瞳から貴方の体の中を見たい。貴方の鼓動を聞き、息を嗅ぎ、汁を吸い、
体の谷や丘を抱き締め、一つになって、解けて消えたい。
                           熱い接吻の
                           香、匂い、色、味は
                           不滅。

 

少年

外国の兵士達が一団の人々を連れ去って行く。

     強制労働のためか、刑務所に入れるため、それとも射撃に使うために
     連れて行くのか?

兵士達は肩に鉄砲を掛け、ブーツを履いている。

     連れ去れて行く人々の誰かが、疲れて立ち止まると、すぐ殺される。

馬に乗った将校が兵隊達を指揮している。

     少年は側を行く。手にはパンの塊を握り締めている。兵士達を見る。
     引っ張られて行く人々を見る。

一人の兵士が夫か弟を見た女を銃の柄で殴った。

     少年は一人の人にパンをそっと渡すのに成功した。

隊列は埃の彼方に見えなくなった。

                            肌の浅黒い少年は
                            喜んで道を行く、
                            成功したから。

やーちゃん

 

やーちゃんは、九州の博多の近くの村の小さな女の子であった。

     お父さんと家に帰って来た時はとても遅かった。家の戸は鍵が掛かって
     いた。お母さんは寝ていた。私達は母を起こさないことにした。

     私達は庭に座った。心地よい暖かい夜であった。素晴らしい満月を見て
     虫の音を聞いた。

     とても美しかった!

     私達は眠らなかった。夜は早く過ぎ去った。母が起きて、窓を開けた時、
     ベンチに座っている私達を見た。

     まあ、何て馬鹿なんでしょう、貴方とお父さんは! 母はこう言った。

 

     しかし彼女はそのように思わなかった。

                            父と娘
                            虫の音を聞く

 秋の月。  

ミロゴイ

拱廊の陰で積み上げた雪の最後の山が溶ける。朝は夜を追いやり、春は冬を追いやる。
そして       墓石の
          枯れた苔の上に
          新緑の蔦。
     一つの土塚に桜草が芽生える。
小さな子供の棺に小人数の一行が続く。行列の、棺のすぐ後ろを一人の子供が行く。
(多分兄弟?)                     小鳥の囀りと
                            小棺に投げ入れる
                            土くれの音。
     日は射しても生暖かい。
※※※※※
夏に人はここまで来て散歩する。とちの木の並木道は心地よく涼しい。
     死体仮安置館の前で群集は著名な人を見送る。音楽、花輪、スピーチ。
     門の鐘は行列の一行が全部入ってしまうまで長く鳴り続ける。墓地での
     スピーチは後ろの方では聞こえない。帰りに喪服を着た男が暑さで
     ネクタイを緩める。
           墓石蓋の
           青銅の握りは
           日に焼け付く。          午後
                            石碑の金文字は
                            日に輝く。
※※※※※
墓地は、熟しつやつやした栗色のとちの実で溢れる。あちこちで人々は墓塚の枯葉を
掃除する。
     私は覚えている。かって旅立つ時、それは生きて帰れるかどうか分からない   
     所で、父の涙に濡れた頬は夕風が吹いていたので冷たかったことを。
           鮮やかな
           真っ赤な木蔦と
           菊にカーネンション

一人の老婆が缶に水を入れて運ぶ。秋の夕べ ー
                            外套の木の葉を
                            払って、墓守は
                            墓地の扉を閉める。

  1. ※※※※

                           
雪が降る。角ばった石碑は綿雪で丸くなる。積もった雪が落ちた枝々はより黒くなる。
                           大理石の塚の上も
                           苔むした土塚の上も
                           同じ蝋燭、同じ炎
     墓地の間の歩道に集めた枯れた花や花輪をトラクターは運び去る。
そして夜…
                           月光のもと
                           拱廊の前に積んだ
                           雪の山は藍色。

お盆

バスの流れは旅客の流れを整然と運ぶ。旅客は死者を訪れる大勢の生者。
                          墓地の門前は
                          蝋燭と菊の
                          行列

ある者は花束を買い、ある者はどこの花が安いか捜す、又ある者は花を家の庭から
持って来る巨大な群集。
                          死者の日
                          ミロゴイの道は
                          生者で溢れる

大勢の人の流れは大十字架に向かって合流する。ここに埋葬されていない他国で死んだ
死者達の冥福を祈り、蝋燭に火を灯すために。
                          大十字架のそば
                          蝋燭の炎の海は
                          地上の星空。

限りなく四方に広がる無数の墓は、見渡す限り花と蝋燭の灯に満つ。
                          小さな墓は
                          細い蝋燭、大きな墓は
                          太い蝋燭

やはり、ある墓は誰も訪れない。多分、子孫は祖先を忘れたか、子孫が絶えたので
あろう。役所の規則によって、年間の墓代を払わない墓は、掘り返されて売られる。
見捨てられた墓は汚く、墓地の美観を損なうという。ほら、ここに、掘り返された
土くれのてっぺんに、虫歯を詰めた奥歯が一つ。
                          掘り返した
                          見捨てられた墓
                          誰も払わない墓代


別の場所では有名な半身像。
                            詩人の墓に
                            カーネーション
                            誰かシェノアを覚えてた

死体仮安置館の前で、帰りの人々の長い列はバスに跳び込む。車掌は人々に乗車券の
スタンプ機を示して、せきたてる。運転手は売る切符を持っていない、切符のない者は
バスの外で買わねばならぬ。

墓地の入り口にある大きな礼拝堂から、時折、かすかなオルガンの音が洩れて来る。

広島

放物線状の記念碑の下、そこは広島に原爆が落ちた所、そこに銘の入った石
立っている。

     “ 過ちは繰り返してはならない “

(1945年8月6日、日本時間朝8時15分、爆弾が落ちた。10万以上が気化、焼け失せ、
傷つき、不具になった。)

     誰の過ち?

四分の一世紀後、広島のあるバーで “原爆カクテル “が売られる。

     過ちは繰り返される。
     毎日、毎時、
     無数の過ち。
東京の主競技場で原爆の落ちた日に生まれた男子がオリンピックの松明に火をつけた。
(ある人々はそれを非難した。)

     過ち?

           “ 原爆の子供達 “の記念碑には、何千羽の紙の鶴が吊ってある。
            それは日本中の子供達が折ったもの。

                             鶴はと飛ぶ
                             過ちは決して
                             繰り返してはならない

悟り

向こう岸へ着いた人は、向こう側に連れて行かれたのにもかかわらず、やはり
ここに留まる。何故なら“ 知 “も“ 無知 “も存在しないのを知っているから。

胡蝶の喜びは彼の喜び。涙は彼の両目から落ちて流れる。“ 私 “も“ あなた “も
存在しないのを知っている。

何も所有してないから、王の宝庫の宝石も、空も、森の松も、全て彼のもの。
“ 私のもの “も“ あなたのもの “も存在しないのを知っている。

全部放擲したから、過去も、現在も、未来も、全世界は彼に与えられた。
"今“も“それから“も存在しないのを知っている。

空想は事実で、事実は彼の空想。“現実“も“夢“も存在しないのを知っている。

そして、ここであることも感じない程自由である。地上では神が微笑み、海では
天上の舟が浮かび、パンと水と手に取れば神の美酒と神の食べ物を味わう。

                         家に着いて
                         恋人のアパートの

 鍵を取り出す。 



非常に古くから開かれたといわれている日本の山に登ったことがある。もうどこにも
見ることができなくなった木が生えている。山の頂には、まるで指が土の塊を押しつ
ぶすように、ふしくれだった根が岩に食い込んだ樹齢数百年という一本の杉がある。

根の下の祠には山の神、日本の“神“が祀ってある。神は山とともに生まれ、山自身と
同じく年を経た。

     ― 山道を登っているとき、若い娘に追い越された。娘は、この山の泉の
     水を飲めば、死ぬことも無く、年老うこともない ― そして、小川が谷に
     注ぎこむように、春ごとに若くよみがえる、と教えてくれた。その後で、
     私は、山を降りてくる老人に出会った。老人はこう話してくれた。泉から
     湧き出ているのは水ではなく、悲嘆にくれた人の涙なのだと。教えて欲しい
     どちらが真実だろうか。
― 真実を知ったとき君は一人ぼっちになる。

     ― 私が出会った娘は、山の頂の真下にある寺院の庭へ行くところだと
     言った。そこには菊が植えてあり、美しい娘だけが菊の世話ができると。
     しかし、老人はこう言った。寺はもうない。僧たちは死んでしまい、その後
     まもなく菊は枯れてしまった。教えて欲しい。美とは何だろう。
― 美を経験したとき君はひとりぼっちになる。
     
     ― 娘が話す。"私達は下の村で、朽ちた建物を引き倒し、かびの生えた板を
     燃やす。灰の中から、幸運の花が芽を出すだろう。打ちひしがれ、辱められ
     た人々の涙を、私達は幸運の花で拭い取る"と。老人は話す。"山賊が入って  
     きて、偉大な人々の墓を暴き、骨を犬に投げ与えた。欠けた爪をのどに押し   
     込んで、我々は叫び声を押し殺した。卑劣な者達は、支配者の衣装を纏って
     いた。ある者は恐れ、ある者は皮肉っぽく、ある者は支配者の態度。そして
     もしも我々が、お前たちは泥棒だと言おうものなら、泥棒たちは飛び上がり、
     一緒になって我々を殺そうとしただろう“と。教えて欲しい。公正とは何だ
だろう。


― 公正のために戦うとき君は一人ぼっちになる。

 

     ― 娘が言った。自分は愛する若い男がいて、彼も自分を愛してくれている。
     私達は永久に愛し続けるのだと。しかし、老人がいて、彼は妻に裏切られ、
     娘に裏切られ、母親さえも彼を裏切った。教えて欲しい。愛とは何だろう。
― 君が一人でいる限り、愛を感じることはない。

灰色の夕霧が杉の間を這い登ってくる。空気がさわやかになり、湿気と冷気が立ち
込める。霧のしずくが私の髪にたまる。湿気で髪が重たくなる。私は村の方へ引き返
した。霧のとばりを通して、農家の間から、あちこちにきらめく灯りがかすかに見えた。

                           家路にて
                           暗き村より
                           もれ出ず灯

戦争と平和

彼女がまだ小さな女の子の頃、みぞれの降る日、馬具をつけた馬がどうしようもなく
ぶるぶる震えているのを見てわっと泣いた。一方御者は暖かい居酒屋の中で飲んでいた。
…すでに半分しおれた花を捨てないで、もう少し生き延びるように食料室に置いた。…
しばしば秤屋の老人のそばを通った。ある朝、この老人の所へ行って、体重を量ってもらい、
高額紙幣を老人の手の中に押し込んで、一目散に老人の前から消えた。この
貧乏な老人はまごついて、教会の方へ向かってひざまづいて十字を切っていた。…
ある嵐の日、波と一緒になりたくて、波の仲間になりたくて、岩場から波間に飛び
込んだ。自分では何も知らず、何も考えなかった。波が岩場へ打ち砕けなかったので
やっと助かった。その間、そこにいた漁師は恐怖に襲われ頭を抱えて上へ下へと走った。

戦争が始まった時は全く若かった。許せないのは、侵略者達は殺すばかりでなく、
彼女が侵略者達を殺さざるを得なくしたからである。…飢えて凍えて、夜間長時間、
冬の森を歩き回った。疲れ果てて凍った小川の所まで戻った途端、どこから犬のほえ
声が聞こえた。そのほえ声に向かって行った。…銃に銃剣をつけた兵士が彼女に
向かって突進した。彼女は撃った、撃った、そして兵士は倒れた。それから逃げて
弾丸の中を走った。どうしても救い出さなければならない人物の所まで行くために。
…そして捕虜になった時、彼らは彼女の足の裏を銃剣で切った。彼らは彼女の髪を
引っ張り始めた。不思議なことにもっと最悪なことは免れた。

     その後ずっと後で、彼女は病気中、時々苦しかった。何回もどこかへ
     行ってしまいたかった。どこか別の所へ行って生まれ変わりたかった。
     町の人々の間ではなく、深い静かな森の中、唐松やシダの間で、樺の
     樹皮に巻きついている灰色、黄色、茶色、緑色の地衣類や苔のように
     生きたかった。

ある夕方、雲がいろいろな色や形になって北から南へ漂うのを見ていた。
     雲は続いて行ったり、一緒に行ったり、輪郭を変えたり、生まれたり、
     死んだり、まるで運命のよう。これらの雲は永遠の事実で不滅の真実だと
     感じた。残りのこと、厳しさ、苦しさはつかの間の幻影。

国境警備兵への伝言

あなた方はこの国の兵隊。この国の自由はあなた方に依存している。

我が国の海岸に上陸しようと狙っている敵に知らせてやりなさい。この国には
我々の祖先の汗と血が染み込んで、祖先の骨が国中散らばっていることを。
この国は高価な国で一平方フィートにつき一つの頭がかかることを。

この国を征服しようとしている敵に知らせてやりなさい。わが国の男も女も子供も
皆、敵にとって敵であることを。この国の木も石も皆、敵には敵であることを。
だから昼も夜も敵は敵に囲まれていることを。

会戦の後、死体を集める時、倒れた我が兵士と倒れた敵兵のために軍葬儀をして
ください。

敵兵の最後の船が負けて地平線に消えたら、槍を降ろして、自分の家へ帰って、
倒れた仲間達のために、子供達を立派に導いてやってください。子供達が大きく
なると、新たな敵に対して新たな戦いを挑むでしょう。

白い花

牧草地、森の中、庭、至る所私はそれを捜した。

     たくさんの白い花を見た。ナズナ、昼顔、水仙、睡蓮……
     しかし私はそのような白い花を捜してのではない。

捜したのは咲く前の白い花である。

          何回もそれを見つけたと思った。だが近づいて見ると……

そして今また、倒れた丸太に座っていると、下のあそこのシダのそばに
それがちらっと見えた。見に行った方がいいだろうか。

しかし、普通捜すと白い花は見つからないのではなかろうか。誰も捜さない所にしか
育たないのではなかろうか。

IZDAVAČ: FS d.o.o. Zagreb
ZA IZDAVAČA: Vilko Žiljak
PREDGOVOR: Vladimir Devidé
DIZAJN KATALOGA: Jana Žiljak
TISAK: FS - digitalni tisak XEIKON
http://www.ziljak.hr
http://www.gallery-hr.com